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第10回 赤ちゃんと子どもの死を考えるセミナー2012 vol7
「突然の別れ」
崇仁が死と隣り合わせであったことを、何年も忘れさせてくれるほど、元気に過ごしていました。風邪で点滴を受けることは時折ありましたが、死を意識しなければならことは、何年もありませんでした。
妻からの悲痛な叫びに、ただ事ではないと察しました。崇仁の顔からは、すでに生気が失われ、今回は「難しいかもしれない」心の中でそう感じながらも、奇跡が起こるのを願い、夢中で蘇生し続けました。
すぐに救急車で病院に運ばれましたが、息を吹き返すことなく天国へ行ってしまいました。
私は妻と娘が泣いているのをそばで見守ることしか出来ませんでした。
「誰も悪くない」「崇仁は逝くべき時に逝ったのだ」
悲しみに浸ることなく、葬儀の準備を進めなければならないもどかしさと、頑張って生きてきた崇仁をきちんと見送ってあげたいという思いが混在していました。
崇仁が喜ぶような、葬儀にしてあげようと妻と話し合い、崇仁が頑張って生きてきた証を皆さんにもみてもらおうと、今まで撮りためた映像を、葬儀の間、流し続けました。
お通夜と告別式では、想像以上の方が参列してくださり、1月の寒い中、時間を割いてお越しくださることのありがたさ、そして、人のつながりのありがたさ、そのようなものを身にしみて感じ、「感謝のことば」しか出ませんでした。
今回当時を振り返って感じたことがあります。
本当にたくさんの方が参列くださり、葬儀場所である地元の公民館の広場が埋め尽くされるほどでした。
妻は、崇仁にたくさんのお友達をつくってあげたい、いろんな経験をさせてあげたい、そして、日々、その場が楽しくなるように心がけ、これまで歩んできたそうです。だからこそ、これほどの多くの方が参列くださったのではないかと、それまでの妻の行動に感服しました。
私の好きな言葉に、「人は楽しそうな所に集まる。祭りに人が集まるのは楽しそうだから」という言葉があります。楽しさは伝わるものだと思います。だからこそ、「親が楽しんで生きていることが子どもにとっても親にとっても一番幸せなこと」ではないかと、改めて思いました。
お通夜の後、静かになった部屋で、妻と今までのことを振り返ると、涙がとめどなくあふれてきました。
その涙は、今生では、もう、崇仁の笑顔に触れることも、この手で抱くこともできなくなる悲しさと、「今まで、本当にありがとう」「今まで、本当によく頑張ったね。」という、感謝とねぎらいの思いからくる、涙でした。
それと、自己満足かも知れませんが、自分たちもここまでよく頑張ってきた、お互いベストを尽くしてきたという、充足感というか達成感のようなものからくる涙もあったように思います。
妻は気づいてあげられなかったことに自分を責めていましたが、私は、妻を責める気持ちなどは全くありませんでした。(当時、私と下の娘は別室で寝ていました。息子は吸引が必要でしたので、私と娘ができるだけ熟睡できるようにと別室で寝かせてもらっていました)
何度もその気持ちを伝えましたが、なかなかその気持ちを消すことができずにいました。そんな時、妻の自殺を一度だけ心配したことがありました。
塞ぎ込んだり、感情的な日が続き、娘にまで、八つ当たりし始めたので、少し強い口調で責めると、寒い冬の夜フラフラとベランダに出てしまったことがありました。さすがにこの時は怖くなり、すぐに妻を部屋に連れ戻したことがありました。
妻はこの出来事を覚えていないそうです。自分を責め、塞ぎ込んでいることが多い状態から、少しでも早く抜け出してほしいという思いと、自分だけが辛くしんどい思いをしているのではないという私の勝手な感情があふれてきて、私自身も感情をコントロールできず、つい強い口調で言ってしまったのです。当時を振り返り、子どもを失った妻の悲しみをもう少し、くみ取った、寄り添い方ができたのではないかと、今でも時々思い返すことがあります。
妻は、崇仁との思い出の場所までもが嫌になり、殻に閉じこもっていたところ、当時7歳だった娘が、なにげなく声を掛けた言葉に、心が動いたそうです。
「たー君が好きやった学校に、また行きたいなぁ!ママはたー君が好きやった所に行きたくないの?」その言葉に、心動かされ、「崇仁が好きやった場所を嫌いになったらダメだな」と思い直すことができたそうです。私も同じ事を言っていたつもりでしたが、娘からの純粋な言葉にはかないませんでした。
私は、崇仁が幸せになるために、そして楽しんでもらいたい一心で、これまで、新しい価値観・考え方を取り入れ実践してきました。崇仁がこのような状態で生まれてきてくれたからこそ、死というものを意識するようになりました。死を意識したからこそ、生に対しても真剣に向き合うようになり、人生どのように生きればよいかといったことまで考えられるようになりました。
崇仁の頑張りに負けないように、私も、精一杯生きるようになり、人生が一歩一歩ゆっくりですが、着実に歩んでいけるようになりました。
このような状態で生まれてきてくれたからこそ、出会うことができたご縁があり、このような状態であったからこそ、感じることができた気持ちや貴重な経験があり、そして、崇仁と一緒に楽しみながら歩んでいく大切さを知ることができました。